2014年07月27日

戦争の美化について

安倍政権になって集団的自衛権行使容認など右傾化が懸念されていますね。
奇しくも日本各地の歴史資料館で自虐史観の見直しが盛んになっているというニュースを先日TVで見ました。例えば、日本軍によるアジア諸国の侵略の説明を減らすとか、戦争の勇ましさを伝えるといったものです。

日本が自虐史観であることは疑いようがない事実で、それは敗戦国として戦後教育で植え付けられたものだと思います。自国を卑下せず誇りを持つという権利は当然日本にもあると思いますが、自虐史観に対するカウンターとして日本の戦争を正当化しようとする動きには全く賛同できません。

例えば「大東亜共栄圏」なんて言葉があって、それを大義名分として日本は戦争を進めた。日本の戦争は正しかったということを鵜呑みにしている人がいますが、自尊心を持てる言葉の響きに酔いしれているだけではないかと疑っています。近現代の歴史において大義というものは本音と建前の「建前」部分を担ってきたに過ぎず、本音は資本・利権の争奪戦であるということは、歴史が証明しています。そもそも近代化に成功し、帝国主義を全面的に取り入れた日本が正義に基づいて行動したとは考えづらい。そもそも侵略拡張・搾取を前提とする帝国主義に正義など有り得ません。あるのは政治的に利用される、所謂「正義」だけです。

また、「日本は戦争をせざるを得ない状況に追い込まれた」と主張する人もいます。事実だと思いますが、それをもって正当化するのはあまりに自己中心的な考え方です。例えば、現代に置き換えて考えてみると、経済制裁を加えられた北朝鮮が戦争を起こして正当化しているようなものです。正当化できるのは戦争を起こした一握りの人間だけで、周りからしてみたら迷惑千万。

・既得権益の保護または最大化という行動原理に基づいて発生する。
・利権を持つ少数主導者や企業によって先導され、国民は管理される。
・文明が規範とする倫理から最も大きく逸脱する、暴力行為の極みである。
・上記は通常国民に秘匿され、戦争の目的は大義名分で説明される。

これが戦争です。
我々が憎むべきは「戦争」そのものであり、戦争は如何なる理由においても美化されるべきではないと考えます。


 
posted by touchy at 15:07 | Comment(0) | TrackBack(0) | 物申す
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/101984307

この記事へのトラックバック